読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

Lesaria の Multiple-Choice

とりあえず、日記がメインのはず。最近では、小説を公開したり、聴いた音楽や考えてることについて話してます。

世界の総価値は保存されるか? シリーズ戯言 ~自分の思索を晒す~

■ご挨拶
 さてさて、今日も自分で考えるを実践しながら、他人さまには戯言に聴こえそうで、お座に出せない頭の中の胡言乱説を開陳いたします。寝不足故か思考があっちに飛び、こっちに飛びしましたがそれも含めて晒します(笑

■前回から引き続き。
 前回は社会の総価値を「生産の消費がバランスしており、活発であるほど総価値が高い」とする案を思いついて終わった。これに現在の人類の活動を考えつつ、「過剰のな生産はゴミを作成しているに等しい」「生産の過程で排出されるものはすべて生産」の二つの観点を想起した。我々の世界は大量のゴミ。つまり非消費生産物(前回からの流れでこのような言葉を使います)を生み出している。なので「より総価値の高い世界」とは非消費生産物が少ない世界。ゴミの少ない世界ということになる。リサイクル率の高い世界だ。これを完璧に行うのは不可能だろう。なんて言ったって永久機関としか思えない。ここでエネルギー保存の法則を思い出す「孤立系のエネルギーの総量は変化しない」。理屈の上で永久機関は不可能ではないということになる。孤立系ならば。

■中略。ちょっと違和感
 ここで何か違和感を感じて一考してみる。「エネルギー」と「リソース」を分けて考えてないことが引っ掛かる。しかしエネルギーもリソースから取り出されるものだから一元的に考えることは可能だ。この二つを区別するしないで、結論は変わるものだろうか。ここで思索は、ユークリッド幾何学と非ユークリッド幾何学とか、ヒルベルトプログラム、ゲーデル不完全性定理等とか以前どっかでつまみ食いしたちゃんと理解していないタームが浮かんで、「考える」という作業自体に対して手に負えない感が強くなり途方にくれる。なので別方向に論を進めてみる。

■エネルギーの保存
 こういうことを考えると、我々が日々ゴミを生産していても巨視的には「エネルギー」は保存されている。この点において世界の総価値はまた不変と考えたくなる。ここで違和感を覚える。どうやら、客観的に考えるというのは、各々の状況に応じた価値から離れるということではないか? 世界の総価値が不変となってしまう程度に「客観的」に考えているのかもしれない。
 社会にとってという観点をここに取り戻すなら、社会がリソースからエネルギーを取り出すコスト(これもエネルギー)が増大すると、当然ほかに回せるエネルギーが減るわけだ。活発でさえあればいいのなら、これでも「活発」と称せるだろうから価値が高いことになる。また活発であることは「エネルギー」が高いという意味でしかないことに気付き物理学を思い出す。
 ここでなんとなく、社会の価値に「多様性」あるいは「複雑性」を加えたくなる。話を戻して「系」の「エネルギー」が不変でも、例えば、化学的に取り出し続けた結果、「エネルギー」を取り出すのに非常にコストがかかる状態に変化した場合。社会にとって「エネルギー」が「系」に保存されてるから不変と考えるのは如何なものか? なので、先のリサイクルがリソースに関するものであれば、こちらで重要になってくるのは、エネルギーのリサイクルという訳だ。

■「系」と「社会」
 さて。なんとなくここまでの文章に自分の思考の癖というものが反映されてる気がするが、それを探すのは今度にして、社会の総価値は「生産と消費が活発で多様でリサイクル率が高い」ほど価値があると一旦結論してみる。社会を開放系と考えた場合は排出が少ないし、孤立系と考えた場合、リサイクル率が高いというのは系の寿命が長いといえる。
 また今日は途中から「系」と「社会」という言葉を用いて区別し始めたわけだ。まだ区別が曖昧だ。誤解を承知で整理して、説明してみる。地球を物理学的にとらえれば「系」だ。宇宙に持ち出したり、宇宙から持ってこないかぎり「エネルギー」の総量は保存されている。ちなみに厳密には完全な孤立系でも完全な開放系でもない。社会というのは「地球」の中にあって「系」を活動させる主体となる。厳密には多分「地球」の中で「系」を活動させる主体は人の言う「社会」が唯一ではなかろう。「系」と対比して、このように「系」内のエネルギーを別の形に変換していく主体を指し示す言葉を不勉強であるが故、知らない。そういう意味では「系」という言葉がこの文で学術的に正しく使われているかもあてにしないでは欲しい。

■本日のまとめ
 そして思うのは、この観点からも、人類文明は地球での生存において、(半ば比喩的に)「ケミカル」は詰む可能性もやっぱりあなぁと思ったり。つまり「エネルギー」を取り出して消費する。「リソース」は別の形になる。「系」の中の「リソース」と「エネルギー」は不変だけれど、それを取り出すのに必要なコストが変化すれば、それを効率的に取り出せるように変化する必要がある。「変質」した「系」から技術的に低コストで「エネルギー」取り出しえるように「社会」も変わる必要がある。それは例えば技術革新などでなされるだろうけど。どこまで「社会」はその変化に耐えて自らを維持できるのだろうか。その時に「社会」は「活発」であれるのだろうか。なので多分「孤立系において「エネルギー」・「リソース」は保存される」が「孤立系において価値は保存されない」のではないかというのが本日の戯言が行きついた先でございます。


この後は、少し時間を置いて、公開している小説の第二話のプロットと格闘する予定。

 

※注)ここでは物理的エネルギーと化学的エネルギーをごっちゃにしてるけれど、一緒くたに語っていいかは知識不足のため考慮しておりません(苦笑

 

※注)途中、孤立系なら永久機関ができそうなように理解できる文章書いていますが、結論の通り出来ない訳です。そもそも熱力学の第二法則に反するワケでして。ごめん!寝不足だったんだ orz

 

■↓前回の記事

multiplechoice.hatenablog.com

 

↓もっと実際的な経済の知識がお望みであれば以下を。

マクロ経済学 (New Liberal Arts Selection)

マクロ経済学 (New Liberal Arts Selection)

 

 

マクロ経済学 第3版 (現代経済学入門)

マクロ経済学 第3版 (現代経済学入門)