Lesaria の Multiple-Choice

最近、本買いログがメインになっています。たまにPCやガジェットに関して記事にします。

第二話 長いお別れ シーン12 善意の協力者

 マンションの外廊下は、日がくれてもまだ暑い。8月は昨日で終わったが、まだ夏なんだと思う。自宅の情報を表示するアプリでは、当然、母はまだ帰宅してない。玄関を開けると廊下の先で、暗い居間に明かりが灯る。

 少し弱気になって、エントランスの通過で灯るように変更したい気持ちになりかけて、バカバカしいと一蹴した。

 居間に入り、併設されたキッチンを横目に通り過ぎ、ソファに、探偵社からくすねてきた、結束バンドを投げ出して、その横に、結構どかっと腰を落とす。エアコンは既に効いてる。拡張現実のスーツを消すと、自分のデニムのキュロットが目に入った。

 正面の壁には巨大な物理的フィジカルではない水槽があり、熱帯魚が泳ぐ。以前、ここは拡張現実アストラルの共有テレビを置く場所だった。番組を映さない時も様々な国の人の行き交いや、夜景が映された。父の膝の上で一緒に様々なコンテンツに夢中で見入ったモノだ。
 ここに水槽を置いたのは母だ。あの頃は荒れていて、随分気を使った。 共働きなので、経済的問題は無かったが、結局、以前より仕事に打ち込む事で、その喪失を穴埋めしたようだ。最近では、私もその穴の中に一緒に埋められたようには思わなくなった。

〔宮村さん、今からお伺いしてもいいですか?〕

 一人で食べた夕食のあと、自室に戻り、着替えてる最中にメッセンジャーに届く。なので、Tシャツの下はジーンズにとどめた。

〔いいわよ。昼間お願いした写真の件ね〕

〔はい。お持ちします〕

拡張現実アストラルで現れた吉川アリスは、辺りを見回す。

<こんばんは、アリス>

<お邪魔します>

 写真の受け渡しだけなら、添付したものを送れば十分なはずだ。私は物理的フィジカルではない椅子を呼び出し、座るように促す。アリスは憂鬱げに視線を泳がし、写真を私に手渡してから、腰を下ろした。私は自分のベッドに座った。

<意外とぬいぐるみが多いんですね>

 そう言って微笑む。部屋の机の上に居場所を作ってある子たちに目が止まったようだ。自分より歳下の子に見られて、ちょっとバツが悪かった。それを悟られないように、何気ない顔で、最初に言おうとした台詞を口にする。

<相談がある。そんな顔してるわよ>

 彼女は両手で三角形を作って、前屈みになり、合わせられた左右の人差し指を唇に当てて言った。

<宮村さん、お願いがあるんです。大変申し訳ないんですが、明日の夜八時までに父を新宿MSビルに連れてきてもらえませんか?>

<随分、急な話ね。どうして、そこに?>

<父は覚えていないかもしれませんが、家族で最後に楽しく食事した思い出の場所なんです。もっとも私は拡張現実でしたが>

 そういう感傷も分からなくはない。だが、その前提で話を薦めるには一つ問題があった。

<本人がそう言うなら、考えてもいいんだけど>

<どういうことでしょう?>

<だって、吉川アリスじゃないでしょ? アンタ>

 どうせアバターだ。アカウントにさえログイン出来れば誰でも本人に成りすませる。

<どうして、そう思うんですか?>

<理由を聞いたら、白状したのと同じよ>

 アリスの姿をした人物は背筋を伸ばして、品よく微笑んだ。

<お見それいたしました。ですが、何故分かりました?>

<ずいぶん、あっさり認めるのね>

<貴方をだますつもりは毛頭ありません>

 試されたわけだ。私は内心自嘲気味に笑った。

<彼女は私を、宮村さんとは呼ばないわ。随分雰囲気ちがうし、そんな癖ないもの>

<雰囲気に、癖ですか?>

<気づいてないのね。自分で考えなさい>

<手厳しいですね>

<で、貴方名前は? それと、この写真は本物?>

<私はシャーロック。貴方と同じで、吉川アリスの善意の協力者です>

<ふーん。私は貴方をそう呼べばいいのね>

 ホームズを名乗るとは芝居がかってる。

<申し訳ありません。素性をお教えする訳にはいかないので、彼女のアバターでお邪魔しました>

 そう言って、こちらの表情を伺うような間があった。

<写真は本物です。貴方もお気づきのように、お父様はネットなどのメディアに露出はされておらず、検索しても見つからないでしょうから、お持ちしました>

<彼女は今どうしてるの?>

<私達の予想より、早く事態が動きました。アリスは現在、ネットにアクセスできません。もうちょっと余裕をもって探していただけるはずだったんですが、彼女のお母様が手を回しましたので>

<それで?>

<詳しく説明する訳には行かないのですが、新しい予定では、明日のその時刻以降は、アリスはアリスではなくなります。永劫に。それまでに、どうしても、彼女を父親と合わせてあげたいんです>

 私はこの時、線が繋がり、幾つかの可能性に絞れた気がした。

<いいわ、ソレに乗ってあげる。その先はお父様から聞けそうだしね。ネットから隔離されているそうだけど、そこに連れて行けば合わせてあげれるの?>

<手筈を整えている最中です>

<分かったわ。アナタに連絡取りたいときはどうすればいいの?>

<アリス宛てにメッセージを頂ければ大丈夫です。私も見れますので>

 私の乗っているアトラクションのカートは、朧げにしか見えない次のエリアに入ろうとしているようだ。
 どこかで読んだ「半分の真実は偽りよりもこわい」という格言が思い浮かんだが、忘れることにした。背景を追求する必要があるかは、吉川夏雄の話を聞いてからだと自分に言い聞かせて。

 

 


更新履歴 

2016/12/10 初版公開

2016/12/18  改 訂 「新宿MSビルで会わせて~」の下りが色々矛盾するので修正。 

2016/12/20  改 訂 会話文を二つ追加。連絡方法に関して。 

2016/12/31  改 訂 「新宿MSビル~」の下りを再度追加の上、加筆。

2017/02/12  改 訂 「名探偵の名前を~」の下りを「ホームズ」に纏める。

2017/02/12  改 訂 夜七時を夜八時に変更。 

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