川原瞳のベッドの上。彼女の部屋の天井を眺めながら、自己の同一感に若干の揺らぎを感じつつ、横たわっていた。エリカから届いたメールの内容でシャーロックは予定通り、事態が進んでいる事を確信した。腹の上で両手を合わせて三角形を形作る。そして、
<ワトソン、受入れの準備はできてるかな>
<抜かりないよ。そっちは?>
<現時点での情報と状況の同期を終えたよ。予想した通りの展開になってる。ひとまず安心だ。現地の手配も済んでる>
<こう考えてみると僕たちが同期できないのは不便だね>
<仕方ないさ、無理に出来るようにするより、多分この方が都合がいい>
瞳の母親から食事が出来た旨、メッセージが届く。
<では、ワトソン、また後で。私は食事に行くよ>
<瞳ちゃんの家は、夕食早いよね>
ワトソンが、高屋修也らしいことを言い。川原瞳は少し笑った。そして、母に今から食卓に向かうと返信して、起き上がった。
◇ ◇ ◇
「富岡との取り決めで、許可があるまで、娘さんとは会えないって事かしら、吉川さんはそれで、納得してるのね」
八神幸子は、俺の説明に、そう応じた。事務所のソファーに腰を掛ける彼女からは、柔和な佇まいで誰もを安堵させる。これでいて、怖いほどキレる。底が知れない。
「もう一度まとめると、吉川夫妻には、小学3年生の時に、事故死した娘がいた。妻は自分の研究を活かし、死んだ吉川アリスの記憶をコピー。非合法に研究していた、人の記憶を処理出来るプロッセッサを利用して、彼女をこの世に呼び戻した」
俺は煙を吸い込んで吐き出し、そして続けた。
「夫妻の望みは、娘を再び
八神幸子に連絡を取って事態を説明するようにせっついた、赤毛のガキは、女史の向かいのソファーに座り、難し気な顔をしてる。
「富岡は、吉川の会社との取引を打ち切って、傾かせ、彼が立て直しに奔走する間に妻を寝とった。これらは、たぶん、彼女の研究する諸々の独占を強固なものにするためだろう」
続けてガキは伏目がちなまま、静かに毒づきだす。
「研究と娘を物理世界に生き返らせるため、娘の記憶を富岡を父と思うように書き換えるのも渋々飲んで、プロジェクトの継続をネタに富岡の言うなりって訳よ」
俺は、それをよそ目に、灰皿で煙草をもみ消した。
「それで、どうして私を呼んだの、エリカさん」
八神幸子は、ガキに向き直り、聞く。このあたりの洞察力はさすがだ。
「どうしてもなにも、これは企業による犯罪だわ。貴方に相談すべきケースだと思ったの」
「それだけ?」
「アリスを助けられない?」
「具体的にはどうしたいの?」
しばしの静寂。レナが読んでいる本の頁をめくる音の後、はねっかえりは口を開いた。
「合法に全身義体の少女として生きられない? その道はない?」
「彼女は、犯罪の証拠品として、応酬されるわ。そして、すぐに凍結される。非合法のAIとして。でも、可能性はある」
「可能性…。どんな?」
「そう、彼女の人権に関して問題提起する報告を上げれば、上手く行けば、国の倫理委員会が調査する。人間として認めて、人権を与えるべきか否かを。その俎上に載せることが出来れば、結論が出るまで、凍結は解かれるわ。でも、そこまでに5年は掛かる」
「5年もなのね」
「そこから先も時間がかかるでしょうね。彼女が義体で生活できるようになるまで。国内にはいままで無い事例だから」
暗い顔で、はねっかえりが黙り込む。俺は何かしらの言葉を探して、タバコに火を点け吸い込んでゆっくり吐き出してから、その言葉を口にした。
「吉川アリスは、歳を取らない。身体が
「私もその意見に賛成よ、エリカさん」
息を大きく吸い込んで、子供らしからぬ低い声で言葉を絞り出す。
「分かりました、お願いします。八神さん」
「でもこのままでは、問題は難しくなるわね。人間の記憶から改変されたデータに成ってしまっては、この方法では救えない。何より彼女が損なわれてしまう」
その台詞にエリカの顔にわずかに焦燥が浮かぶ。
「大丈夫、だから私が来たのよ。ノヴァーリス・システムの違法AIの研究に関しては、同僚が内定を進めていたの。今、貴方たちから得た情報のおかげで令状が降りそうよ。突入は本日の20時。予定通り、貴方達は、吉川夏雄とアリスが合うのに立ち合って下さい。私もご一緒します。悪いけど彼は重要参考人なので、身柄を引き取りたいの」
はねっかえりも俺も、その言葉に驚きつつ、八神幸子を見つめた。
2017/02/12 初版公開 +22:17 ちょっと改訂 で初版とすw
2017/02/13 改 訂 最後の八神幸子のセリフ。最後の文を変更。
2017/02/19 改 訂 非合法に研究しており → 非合法に研究していた
後書き
ちなみに、善意の協力者で定時された、アリスとの待ち合わせを8時に変更してます。あっちは誤記でしたもので(汗
第二話が終了したら、振り返りをしますが、まぁ色々ここまでこぎつけるのに迷走がありましたですな。
あと、小説を書くモチベーションをもっとコントロールする必要性を感じています。それで執筆スピードをアップするのじゃ~と。しかし、この作品、早く書かないと、現実が追いついてきそうで怖いですな。ARもAIも段々、現在のモノになってきてますものね。
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↓ ホームズではなくて、シャーロックなのはコレのせいです。
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